人材を育てる
T良い組織、良いマネージャーは人材を育てる。
人材を育てる(育つ)には、適度な負荷を与えることがたいせつだ。
人は帰属しているチームに何の利益ももたらさないようなことをしても、一生懸命にはなれないものだ。だから「勉強の為の勉強」等は何の意味も為さない。
負荷とは仕事の事だ。「何時までにこれを、このような手順で、この様に仕上げなさい。」と具体的に目標を決めて与える。
今チームが取り組んでいる「仕事の」一部を、能力に合わせて「量と期間」を決めて与える。陥りそうな誤りを先読み(これができることがマネージャーの資質として大変重要)し、スムーズに運ぶ様に配慮して準備し、細かく注意してやらせるのだ。
失敗したら今取り組んでいる製品が(改善が)出来ない、という緊張感が教育には必要なのだ。勿論 失敗されては製品(改善)が出来ないのだから、チームのメンバーも困る。だから 周囲も無視せずに気にしてくれる。これが期待だ。期待されるから責任を感じる。責任を感じられるようにしてやる事こそが、人材育成に求められる大切な要素なのだ。
この様に能力に合わせて、目標を与え、仕事を成し遂げる事で期待に答えて責任を果すプロセスを、指導をしながら体得させる。
人は目的を達成すると、達成した喜びと同時に、自分自身の役割 即ち責任を果した喜びを感じる。帰属意識と責任感、更には信頼感がチーム内に生まれ、チームの中で果すべき夫々の役割が見えてきて、常に自分自身の役割をキチンと果す為の、努力と準備を各人が始めるようになる。レポートを読み、文献を調べ、本を読むことで情報を集め 報告・連絡・相談しながら準備に努める。これが自己啓発だ。この様にして、よいマネージャーのもとでは発展的循環が出来る。発展的循環が出来ている集団は活力が有り、外から見ても分かる。
この過程は「人を使う過程」と同じである。即ち、人材育成は、人を使う事であり、人材育成が出来るマネージャーは人を活かして使える人であると言える。
U人の能力を大切にする組織は発展している
どんな組織体でも小さい時があった。規模が小さくて知名度が低い時は、良い人材を集めるのは難しい、という。しかし 大きく発展する過程で、発展する組織は良い人材を育てながら一生懸命求めるのだが、組織の拡大に人数が追いつけない。そして 組織の中では一時的に構成員能力の断層が目に付く時期がある。役員・部長級より課長級以下の人の能力が勝ってしまう現象が出る。この時期に混乱を起こさずに乗り切る能力がリーダーには必要なのだ。経験豊かな人材に、若い力のある能力を活用させれば、組織の発展は約束されることになる。
即ち 人は城 人は石垣 人は濠 仇は敵 (情けは味方) 。
人 を 褒 め ろ
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人は褒められる事で、集団の中における自分自身の存在を確認することができる。そして、嬉しくなり、気分が「ハイ」になる。
褒められる所は楽しい所であり、行きたい所である。
仕事の現場は、楽しく行きたい所でなければならない。
「飴と鞭」と並べて言われるが、「鞭」から想像できる苦痛は、「飴」から受ける喜びに比較しても耐えがたいように思う。
人財には、鞭打つのではなく目標を示せば良い。この意味で、「鞭」は「無知」に通じる。「雨と無知」は、行きたくない所をつくる。
組織を活性化し同時に人財を育成する最良の方法は、「褒める」事である。そして、褒めることが出来るように、仕事をさせることである。
例えば、月曜日に「この資料5枚を今週中に整理して下さい」と(能力の90%で出来そうな仕事を)頼む。
木曜日の朝、彼は既に4枚整理を終えているのを見て「悪いけど、もう1枚やってください。」と追加して頼む。
金曜日の遅い時間に、整理が済んだ資料6枚が提出されている。月曜日の朝一番に、予定より多く処理できたことを「褒める」のである。
「10回やれ」といっておいて、8回まで来たら「12回やって見ろ」と言う。少し頑張れば12回は出来る。
すかさず目標より多く出来たことを褒めるのだ。目標を達成した上に、更に目標を突き破って高い成果をを上げたことを褒めるのである。
良い業績が達成された時には、業績を褒め称え、みんなで喜びを分かち合い、缶ビールで乾杯する。
こうすると、明るく仕事を楽しみ合い、目標と言う一つの設定限界を破り、その上の成果を追求する喜びを味わうことが出来る。
そして、次に向かって挑戦する意欲が湧く。
「褒める」ことで、喜びが生まれ、仕事を楽しむことを覚え、明るくて活気のある職場が形成されるのである。
「褒める」ことに予算を割かない組織は、仕事を楽しみ、明るく活気のある雰囲気に水を差し、
折角燃え上がり、爆発的発展を約束する連鎖反応を抑えて、無にしてしまうのである。
「褒める」ことは、無表情の人達に「喜び」を教えることになる。
そして「喜ぶこと、或いは喜び合うこと」を知った人達は、次の大きな「喜び」に向けて、全力で活動を始める。
自分自信の能力を高めて、高い目標達成に挑戦し、チームの成果に貢献する努力をする。
褒められることで「喜び」を知り、自分自身の存在を示す事が出来た人達は、自己啓発し積極的に能力向上に努め
チームに貢献しようとする。
「褒める」ことで、人財能力向上の発展的サイクルが循環を始めるのである。
「褒める」ことによって、組織を構成する人達に「価値の共通した基準」を理解させることが出来る。
『何をすれば良いのか』『どのように考え、行動すれば良いのか』 更には『何をしてはならないのか』さえを
「褒める」ことによって、実例で具体的に示すことが出来る。
「どこが」褒められたのか、「何が」褒められたのか、周囲の人達を含めてみんなが知ることが出来る。
そして、「褒められる基準」が理解され、全員の行動ベクトルが自然に「価値ある方向」に向くのである。
もし、「褒める基準」が、社会が求めている方向や 市場が求めている基準、時代の求める基準と乖離している場合は、
当然 社会に置ける存在価値を失い、衰退する方向に向かうことになる。
したがって、「褒める基準」は多くの人達で常に検証し、「時代と社会の要求に合ったもの」にせねばならない。
「褒める」方法は、関係する人全員の前で、理由を具体的に示して褒めるのがいい。機会ある毎に、色々な集団で「褒める」ようにする。
「賞状」を与えて表彰するのもいい。そして、褒められたらお祝いをするのだ。表彰することは、多額の金銭を与えることとは違う。
「価値あることをした」ことで、人の存在を明確に示し、貢献したことを褒め称え、喜び合い、そして尊敬し合うことである。
目標値を突き破って高い成果を上げた挑戦心と闘争心を共有し、挑戦する楽しみ、戦う苦しみ、達成した時の喜びを分かち合うことである。
挑戦を楽しみ、成果を喜ぶことが出来る集団では、
高い目標を超えて達成する為に必要な闘争心と発想の尊さを皆が理解出来るので、褒められた人に深い尊敬の念を抱くことが出来る。
そして、褒められた人達は協力者に感謝する。
「褒める」ことによって、尊敬と感謝で結ばれた集団が出きるのだ。
人をだめにする
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@ 人をだめにするのは仕事を任せない、負荷を与えない人だ。
「ムリをしないで良い、俺がやるから」と優しいのは 一見人を大事に扱っている様に見える。しかし これは「任せられない」の裏返しなのだ。
人に仕事を任せるには、覚悟がいる。失敗した時にカバーしなければならない。覚悟を決めて信じ、期待して任せるのだ。だから厳しくもなる。
人を信じない人は覚悟が出来ない。期待もしないし、任すことも出来ない。負荷を与えないから優しく見える。
結果、集団はバラバラで、帰属意識など生まれようがない。
人に仕事を任せるには、どんなことが理解できていないか、どんな失敗に陥りやすいか等を先に予想して準備をし、注意を与える必要がある。
そして観察しながらやらせて見るのである。
これを繰り返すことによって、能力を上げていく事が出来、やがて一人立ちして仕事を任されるようになる。人の能力を予測し、準備をしてやらせてみ、
観察をして注意を与える。これが出来ないと 人を育てることは出来ない。
A 人をだめにするのは、情報のブラックホールだ。
来た情報が留まってしまい、必要な所に流れて行かない。社長が情報のブラックホールになっている例は少なくない。
社長が情報を止めて、無効化・無価値化しているのだ。
情報は、社員が作業をした成果として発せられるものだ。自分の発した情報がブラックホールに入ったとたんに、社員は自分の役割が無意味で、
期待されていないことを知るのである。
机の上に積んである「書類の山」は、仕事を無駄にしたことの尺度と言える。
B 人をだめにするのは、部下と見栄を争そう管理者だ。
競争するにも、純粋に本質的成果で勝負するのなら良いが、権限を使って「声の大きさ」で勝敗を決めようとする日と結構いる。
こうなると、結果は同じでも、やった人によって評価が異なることになる。価値基準は「声の大きさや職位」で決まる事になり、社長の声は天の声になって
、議論は成立しなくなる。結論は「結果そのもの」で決まらないから、努力して準備しても成果は出せない。
人は考えるのを止め、最高権威者である社長の顔色を伺い 意見が出るのを待ちつづける。そして これが仕事であると思いこむ。
この様にして「指示待ち集団」が出来あがる。組織は硬直化して衰退の道を辿る事になる。
C 人をだめにする人は、「人の大切さを知らない」ひと。
人を甘やかし負荷を与えず、仕事の成果を無視する集団では、人が価値を創造する過程で「苦しさが喜びに換わる瞬間」を知らない。
従って 人が創造する価値の大きさ・重さを知る由もない。「人財」等と言う考えは、言葉で知っていても本当に意味する所が分からないから、
人は単なる頭数で数えられ、能力は評価されない。そして 人に差別を付けるのは良くないと言う考えで、給与体系が、会社活性化
にどの様に結びつくのか理解されない。また良い人材を探し求めることはなく、人を尊敬することも知らない。従業員教育など想像もつかないことである。
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